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反イスラーム主義

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反イスラーム主義(はんイスラームしゅぎ、anti-Islamism)とは、一般にイスラームに対する否定的な態度や言説を指して用いられる語である。ただし、その意味や範囲について研究上の統一された定義はなく、用例によってはムスリムに対する偏見や差別、敵意などを含むこともある。イスラモフォビアなどの関連概念との区別も一定していない。[1]

概要

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「反イスラーム主義」という語は、イスラームそのものに対する批判や敵意を指す場合がある一方、ムスリムに対する偏見や差別を含む広い意味で用いられることもある。このため、研究上はイスラームに対する否定的な言説と、ムスリムという人々を対象とする偏見・差別とを区別する必要がある。イスラモフォビアについても、対象や範囲をめぐって複数の定義が提示されている。[1]

Ayhan Kayaは、イスラームやムスリムに対する否定的な感情・態度を表す用語として、反イスラーム主義(anti-Islamism)、反ムスリム主義(anti-Muslimism)、反ムスリム人種主義(anti-Muslim racism)、反ムスリム偏見(anti-Muslim prejudice)、ムスリムに対する不寛容、ムスリムへの嫌悪、ムスリム恐怖症(Muslimophobia)、イスラームの悪魔化、ムスリムの悪魔化などを挙げている。これらの用語は相互に重なる部分を持つが、必ずしも同義ではない。[1]

イスラーム批判、イスラーム主義への反対、ムスリムに対する偏見・差別も、それぞれ対象が異なる場合がある。そのため、特定の人物や団体を「反イスラーム主義者」と分類する際には、本人の発言や活動だけでなく、その分類を用いている研究や資料を確認する必要がある。

反・反イスラーム主義

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反・反イスラーム主義は、イスラーム主義にも反イスラーム主義にも単純には与しない立場を指すために用いられた語である。佐々木拓雄は、スハルト後のインドネシアにおける宗教運動と民衆を論じる中で、この概念を用いている。[2]

佐々木によれば、ここでいう「反・反イスラーム主義」は、イスラーム主義運動に対する批判を含みながらも、反イスラーム主義そのものを支持する立場ではない、インドネシアのムスリムによる世俗的な反応を捉えるための概念である。[2]

歴史

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中世まで

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イスラームに対するキリスト教側の初期の反応には、神学上の対立と政治的対立の双方が影響していた。ダマスコのヨハネは、ヒジュラからおよそ50年後にイスラームを論じたキリスト教徒の一人であり、イスラームを異教や偶像崇拝と結び付けて批判した。当時のキリスト教の論争的著作では、イスラームの教説をキリスト教の異端として扱い、ムスリムの信仰について、キリスト教側の理解に照らして誤りとされる点を厳しく論駁する傾向がみられた。ノーマン・ダニエルは、このようなイスラームに対する論争の方法が、既存のキリスト教神学における論争の技法を適用したものであり、イスラームそのものを理解することよりも反駁を重視する傾向があったと論じている[3][4]。

一方、中世イスラーム世界にも、宗教的教説に対して批判的な思想家が存在した。イブン・アル=ラーワンディーやアブー・バクル・アル=ラーズィーは、預言者の必要性などをめぐって急進的な批判を行い、神学者や哲学者から反論を受けた[5]。11世紀の詩人アブー・アル=アラー・アル=マアッリーも、特定の宗教に限定されない批判的な思想を示した人物として知られる[6]。

これらの批判に対して、イスラーム神学の側でも教説を体系化し、その正当性を擁護する動きが発展した。アサル派、アシュアリー学派、マートゥリーディー学派などの思想家は、啓示と理性の関係をめぐって異なる立場をとりながら、イスラームの教説を体系的に擁護した。マーシャル・ホジソンは、中世イスラーム世界におけるこうした論争と思想的応答を、活発な知的活動の一部として位置付けている[7]。

中世のキリスト教社会では、教会関係者がイスラームをキリスト教の異端あるいは偶像崇拝の一形態として表現することが多かった[8][9]。ダニエルによれば、この時代のキリスト教社会におけるイスラーム理解は、ムスリムの文献との直接的な接触よりも、既存の固定観念や論争的な伝統に強く依存していた[3]。イスラームは精神的な宗教というより物質的な宗教として描かれることがあり、終末論的な枠組みの中で説明される場合もあった[8][10]。

近世

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近世になると、一部のキリスト教思想家によるイスラーム批判は、宗教的教義だけでなく、政治的忠誠や宗教権威の問題とも結び付けられるようになった。ジョン・ロックは『寛容にかんする書簡』(1689年)において、イスラームにおける宗教的権威と政治的権威の結合を問題として取り上げ、特にオスマン帝国を念頭に、キリスト教国家の統治下にあるムスリムが宗教的忠誠と国家への忠誠をどのように両立させるのかという問題を論じた[11]。

ユダヤ教側からイスラームを論じた人物もいた。12世紀のマイモニデスは、イスラームの一神教そのものについては否定的ではなく、全人類を唯一神への信仰へ導く神の摂理の道具としてイスラームを位置付けた一方、イスラーム諸国家の政治やイスラーム倫理については批判的な見解を示した[12]。

また、アンティオキアのパウロはムハンマドを預言者として認めつつも、その使命を普遍的なものとは認めず、キリスト教の法がイスラームの法に優越すると考えた[13]。

近代の西洋におけるイスラーム観

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18世紀から19世紀にかけて、ヨーロッパの学者の一部はイスラームを、西洋のキリスト教やユダヤ教とは異なる「東洋」の宗教として捉えた。また、イスラームを「セム系」の宗教として分類する見方も存在した[14]。

「マホメット教」(Mohammedanism)という呼称も広く用いられた。この呼称はイスラームをムハンマド個人の教えとして捉えるものであり、イスラームをアブラハムの宗教の一つとして捉えるのではなく、キリスト教から派生した宗教として扱う文脈で用いられることもあった[14][15]。現代の研究では、イスラームは一般にユダヤ教やキリスト教との関係を含め、アブラハムの宗教の一つとして研究されている[14]。

この時期にも、イスラームに対する宗教的・思想的批判は続いた。キリスト教護教論者のG・K・チェスタトンは、イスラームをキリスト教の異端あるいは模倣として批判した[16]。また、デイヴィッド・ヒュームは一神教を多神教よりも理性に適合しやすいものと考えながらも、イスラームをキリスト教より「苛烈」な宗教として論じた[17]。

オリエンタリズムと近代以降

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エドワード・サイードは論文「イスラーム、西洋の目を通して」において、西洋におけるイスラーム観には宗教的・心理的・政治的な要因が複合していると論じた。サイードによれば、西洋にとってイスラームはキリスト教に対する強力な競争相手であると同時に、後発の挑戦者として認識されてきた。彼はまた、オリエンタリズムにおける知識の枠組みが、イスラームを研究対象として西洋より下位に置く構造を形成し、それがイスラームに関する西洋の著述に偏りを生じさせたと主張した[18]。

ただし、こうしたイスラーム観は西洋社会に一様に共有されていたわけではなく、イスラームを一定程度肯定的、あるいは中立的に評価する思想家も存在した。また、イスラームに対する批判の内容や根拠は、宗教的論争、政治的対立、学術的研究などによって異なっていた。

20世紀以降

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20世紀以降、イスラームに対する否定的な言説は、植民地主義、民族主義、移民、中東の政治、イスラエル・パレスチナ問題、テロリズムなど、さまざまな政治的・社会的問題と結び付けられるようになった。

湾岸戦争やイラク戦争などの紛争をめぐっては、イスラームと西洋の関係を「文明の衝突」として捉える議論も広がった。一方で、こうした見方に対しては、文明や宗教を一枚岩として捉えることへの批判も行われ、「文明間の対話」を重視する立場も示された。

欧州では、ムスリム人口の増加に伴って、イスラームやムスリムをめぐる政治的・社会的論争が活発化した。特にイスラーム恐怖症、宗教的自由、政教分離、移民政策、表現の自由などをめぐって議論が続いている。

また、21世紀にはアルカーイダやISILなどのイスラーム過激派によるテロ事件が国際的に報道され、これらの組織の活動とイスラームやムスリム一般とを同一視することの是非も議論されている。イスラーム過激派への批判と、イスラームまたはムスリム全体に対する偏見・差別との関係は、現代の反イスラーム感情をめぐる主要な論点の一つとなっている。

主張

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反イスラーム主義者達の主な主張を列挙する。

批判

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反イスラーム主義に対する批判としては、主として文化相対主義的観点からによるものと、イスラーム的観点からによるものに大別される。それぞれ批判の立脚点が大きく異なることに注意。

文化相対主義的観点からの批判

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反イスラーム主義者はイスラームを「本質的に狂信的であり、女性差別的で異教徒に対し攻撃的な宗教」と定義し、イスラームを攻撃している。しかしムスリム・非ムスリムを問わず文化相対主義者からすればこれは公平さを欠いた認識とされる。彼等によればイスラームの中にある狂信性、抑圧性、女性差別性などは世界の他の地域・他の文化や他の宗教にも同様に見られたものであり、反イスラーム主義者の意見はイスラームに対してのみそのような性質を著しく誇張(それと対比して自分達の文化・宗教を美化)するとしている。また、ムハンマドの個人的言動とイスラーム信仰とを混同しているともしている。

ムスリムを先祖に持つプロテスタントのバラク・オバマ大統領は、2009年4月次のように宣言している。 「合衆国は、現在も、未来もイスラムと敵対しない」[19]

また、2009年にアメリカ合衆国大統領に就任したバラク・オバマは次のように宣言して、この長期にわたる紛争を終わらせようとしている。

「できる限りはっきり言わせてほしい。合衆国は現在も、これからも、決してイスラムと戦争状態にはない。事実、ムスリム世界との我々のパートナーシップは、すべての信仰を持つ人々が拒否する非主流派のもつ思想に戻ることに懐疑的である。」
—バラク・オバマ、トルコにて、2009年4月[19]

イスラーム的観点からの批判

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イスラームからの反イスラーム主義批判の中では、イスラームの他宗教に対する絶対的な優越性が強調され、故にイスラーム法に規定されたムスリムと非ムスリムとの間の人権的格差は区別であるとして、正当化している。このような立場に対しては反イスラーム主義者のみならず、反イスラーム主義を批判する文化相対主義者の間からも強い批判がある。以下に、反論の例を挙げる。


著名な反イスラーム主義者

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欧米

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アジア

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反イスラーム主義団体

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関連項目

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出典・脚注

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  1. 1 2 3 Kaya, Ayhan (2014). “Islamophobia”. In Cesari, Jocelyne. The Oxford Handbook of European Islam. Oxford University Press. pp. 745–769. doi:10.1093/oxfordhb/9780199607976.013.11
  2. 1 2 佐々木, 拓雄 (2005). “反・反イスラーム主義の政治社会学―スハルト後のインドネシアにおける宗教運動と民衆―”. 東南アジア史学会会報 (83): 19–20.
  3. 1 2 Daniel, Norman (1960). Islam and the West: the making of an image (Rev. ed.). Oxford: Oneworld. ISBN 978-1-85168-043-6
  4. ↑ “St. John of Damascus's Critique of Islam”. Writings by St John of Damascus. The Fathers of the Church. 37. Washington, DC: Catholic University of America Press. (1958). pp. 153–160
  5. ↑ Stroumsa, Sarah (2016). Freethinkers of medieval Islam: Ibn al-Rawāndī, Abū Bakr al-Rāzī, and their impact on Islamic thought. Islamic philosophy, theology, and science (Reprint der Hardback-Ausgabe von 1999 ed.). Leiden: Brill. ISBN 978-90-04-31547-1
  6. ↑ Adamson, Peter (1 November 2021). “Abu Bakr al-Razi”. In Zalta, Edward N.. The Stanford Encyclopedia of Philosophy. Metaphysics Research Lab, Stanford University
  7. ↑ Hodgson, Marshall G. S. (1974). The classical age of Islam. His The venture of Islam; v. 1. Chicago: University of Chicago Press. ISBN 978-0-226-34678-6
  8. 1 2 Erwin Fahlbusch (1999). The Encyclopedia of Christianity, Volume 2. Wm. B. Eerdmans Publishing. p. 759. ISBN 9789004116955
  9. ↑ Lange, Christian (2015). Paradise and Hell in Islamic Traditions. Cambridge University Press. pp. 18–20. ISBN 9780521506373
  10. ↑ Lange, Christian (2015). Paradise and Hell in Islamic Traditions. Cambridge University Press. pp. 18–20. ISBN 9780521506373
  11. ↑ Locke, John (1689年). “Toleration”. McMaster University Archive. 2026年9月29日閲覧。
  12. ↑ “The Mind of Maimonides”. First Things. 2026年9月29日閲覧。
  13. ↑ Goddard, Hugh (2000-09-05). A History of Christian-Muslim Relations. New Amsterdam Books. p. 65. ISBN 9781461636212
  14. 1 2 3 Campo, Juan Eduardo (2009). Encyclopedia of Islam. Infobase Publishing. pp. xxi–xxxii. ISBN 9781438126968
  15. ↑ Campo, Juan Eduardo (2009). Encyclopedia of Islam. Infobase Publishing. p. 477. ISBN 9781438126968
  16. ↑ Chesterton, G. K. (1925). “The Escape from Paganism”. The Everlasting Man
  17. ↑ MacEoin, Denis; Al-Shahi, Ahmed (2013-07-24). Islam in the Modern World. Routledge. p. 22. ISBN 978-1-134-60914-7
  18. ↑ Said, Edward W. (1998年1月2日). “Islam Through Western Eyes”. The Nation. 2026年9月29日閲覧。
  19. 1 2 “Obama: U.S. Is Not At War With Islam”. CBS News. 2009年4月6日.