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モグラ人間 (ホームレス)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
マンハッタンのフリーダム・トンネルにあった、ホームレス居住者の掘っ立て小屋の撤去後。

モグラ人間(英語: mole people、モール・ピープル)は、主としてアメリカ合衆国の報道やノンフィクションにおいて、都市の鉄道トンネル、地下鉄施設、洪水調節用トンネルなどの地下空間を寝泊まりや生活の場として利用するホームレス状態の人々を指して用いられてきた俗称である[1][2]。とりわけ、ニューヨークでは1980年代から1990年代にかけて鉄道・地下鉄のトンネルで暮らす人々が繰り返し報道・記録され、その後も社会学的研究の対象となっている[3][4]。また、ラスベガスでは洪水調節施設を生活場所とする人々について、21世紀にも継続的な報道や支援活動が行われている[2]。

一方、「mole people」という呼称が指す範囲は一定しておらず、地下居住者を一つのまとまった社会として描く表象には誇張も指摘されてきた[5]。2026年には、ニューヨークの下水道に出入りした、ホームレスであることが確認されていない人々についても地元メディアが「mole people」と呼んだ例があり、必ずしも地下で生活するホームレスだけを意味する語ではない[6]。本項では、このうち地下空間を生活・避難場所として利用してきたホームレス状態の人々を扱う。

日本語での呼称も統一されていない。ジェニファー・トス(Jennifer Toth)が1993年に刊行した The Mole People: Life in the Tunnels Beneath New York City は、1997年に渡辺葉の訳で『モグラびと : ニューヨーク地下生活者たち』として集英社から刊行された[7]。2024年の日本語記事では「モールピープル(もぐらびと)」という表記も用いられている[8]。

ニューヨーク

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地下居住者をめぐる報道

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ニューヨークでは少なくとも1980年代末から1990年代初頭にかけ、鉄道・地下鉄などの地下施設を生活場所としていたホームレスの存在が広く報じられるようになった。1990年9月、『ロサンゼルス・タイムズ』は、鉄道、地下鉄、公共施設の地下通路などで寝泊まりする人々を「mole people」と呼ぶ長文記事を掲載した[1]。

当時、地下で暮らす人々の総数については大きく異なる推計が流布していた。同記事によれば、ある交通当局者はニューヨークの地下トンネル全体で最大2万5,000人と推測し、ニューヨーク市交通局が市議会に提出した報告書では地下鉄だけで5,000人と推計していた。しかし、その報告書を取りまとめたニューヨーク大学の社会学者マーシャ・マーティン(Marsha Martin)は、5,000人という数字について「せいぜい推測」と説明しており、正確な人口調査に基づく数値ではなかった[1]。

ハドソン川沿いのリバーサイド・パーク地下を通る鉄道トンネルは、地下居住者の存在が特に知られた場所の一つとなった。『Vanity Fair』は2013年、線路が使用されていなかった1980年代の一時期には、このトンネルの一部に最大で数百人の不法居住者がいたと報じる一方、こうした実在の居住者をもとに、独自の文化や掟をもつ「Mole People」がニューヨーク地下を占拠しているという精巧な神話も形成されたとしている[5]。

記録と研究

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地下居住者については、1990年代以降、写真、民族誌、ノンフィクション、ドキュメンタリーなど複数の方法で記録が行われた。

写真家マーガレット・モートン(Margaret Morton)は1995年、地下居住者の写真と証言をまとめた The Tunnel: The Underground Homeless of New York City をイェール大学出版局から刊行した。1996年3月には、ラジオ番組『フレッシュ・エア』がモートンと、地下で8年間生活した経験を持つボブ・カリンスキー(Bob Kalinski)へのインタビューを放送している[9]。

オランダの写真家・文化人類学者テウン・ヴーテン(Teun Voeten)は、1994年から1995年にかけて約5か月間トンネル内で生活しながら居住者を取材した。ヴーテンの著書 Tunnel People の英語版を刊行したPM Pressによれば、取材対象となったトンネルの住民は1996年に退去し、アムトラックやホームレス支援団体から代替住宅の提供を受けた[10]。

マーク・シンガーが監督した2000年のドキュメンタリー映画『ダーク・デイズ』も、マンハッタンのアムトラックのトンネルで暮らすホームレスを記録した作品である。撮影対象となった居住者の一部は、出演者であるだけでなく撮影スタッフとしても制作に参加した[11]。

社会学者テリー・ウィリアムズ(Terry Williams)は、マンハッタンの西72丁目から西96丁目付近にあるリバーサイド・パーク地下のトンネルを1991年から1996年まで数百回訪れ、その後も2000年から2020年にかけて調査を続けた。調査成果は2024年、コロンビア大学出版局から Life Underground: Encounters with People Below the Streets of New York として刊行された[3]。『The Sociological Review』に掲載されたマリオ・ヘルナンデス(Mario Hernandez)の書評によれば、同書は自由回答形式のインタビューと長期間の参与観察を組み合わせ、4,000点以上の画像や詳細な地図も使用して地下生活を記録している。またヘルナンデスは、ウィリアムズの研究について、従来「mole people」をめぐって語られてきた物語の描かれ方そのものを再検討する試みでもあると評価している[4]。

人口推計と「地下社会」のイメージ

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フリーダム・トンネル内に残されていた生活空間。地下居住者の実在は複数の報道・研究で確認されている一方、その人数や社会構造をめぐっては誇張された言説も生じた。

ニューヨークの地下居住者に関する報道では、実際に存在した個人や小規模な集団についての記録と、巨大で組織化された「地下社会」というイメージを区別する必要がある。

ジェニファー・トスが1993年に刊行した The Mole People: Life in the Tunnels Beneath New York City は、地下居住者を広く知らしめた代表的なノンフィクションとなった[12]。一方、同書の刊行後には、一部の証言や人数推計を独立して検証することが困難であるとの批判も出た。『ワシントン・ポスト』が2025年に行った回顧では、トス自身も約5,000人という未公刊資料の推計を引用したことについて、後に「もっと懐疑的であるべきだった」と述べており、ニューヨーク市当局者の一部もこの数字は過大であった可能性が高いとみていたことが紹介されている[12]。

その一方で、『ワシントン・ポスト』は、地下空間で人々が生活していたというトスの大枠の描写については、活動家や他のジャーナリストによって確認されたとしている[12]。また、『Vanity Fair』もリバーサイド・パーク地下のトンネルに実際に多数の不法居住者がいたことを認めつつ、それを独自の掟をもつ特殊な「Mole People」の文化として描くイメージについては「神話」と位置づけている[5]。

このため、「mole people」を特定の人口規模や統一された社会構造をもつ集団として捉えることには注意が必要である。21世紀の社会学的研究では、センセーショナルな地下社会像よりも、個々の居住者の生活歴、日常生活、社会的孤立、地上の社会との関係などに焦点が置かれている[3][4]。

ラスベガス

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ネバダ州クラーク郡の洪水調節施設。ラスベガス都市圏では、このような施設の一部がホームレスの生活場所として利用されている。

ネバダ州ラスベガス都市圏では、鉄道トンネルではなく、鉄砲水対策として建設された洪水調節用のトンネルや排水路を生活場所とするホームレスが報告されている[2]。

KFF Health Newsが2024年12月に行った現地取材では、ホームレス支援員らが、こうした地下施設で暮らす人の数を1,200人から1,500人程度と推計している。ただし、これは公式な人口調査による人数ではなく、地下で活動する支援関係者による推計である[2]。同報道によれば、地下空間は強い日差しや気温の変化を避ける場所となる一方、暗く湿った環境であり、豪雨時には急激な増水によって流される危険がある[2]。

地下で生活する人々の存在は行政資料でも確認されている。クラーク郡の「2025–2029 Consolidated Plan」では、南ネバダ・ホームレス・コンティニュアム・オブ・ケア(Southern Nevada Homeless Continuum of Care)が運用する6つの移動型危機介入・アウトリーチチームについて、郊外の人の少ない地域とともに「洪水調節トンネル」にいるホームレス状態の人々を訪問し、緊急宿泊施設、交通手段その他のサービスにつなげていると説明している[13]。同計画では、恒久的に手頃な価格の住宅の不足を、同郡における慢性的なホームレス状態の増加に関わる重要な要因の一つとしている[13]。

ニューヨークの事例が主として鉄道・地下鉄関連施設をめぐって記録されてきたのに対し、ラスベガスの事例では洪水調節インフラが生活場所となっており、それぞれの都市で地下空間が利用される背景や危険性は異なっている[3][2]。

関連項目

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脚注

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  1. 1 2 3 Jennifer Toth (1990年9月2日). “N.Y.'s 'Mole People' Shun Society in Transit Tunnels”. Los Angeles Times (英語). 2026年8月17日閲覧.
  2. 1 2 3 4 5 6 Angela Hart (2024年12月23日). “Caseworkers Coax Homeless People out of Las Vegas' Tunnels for Treatment”. KFF Health News (英語). 2026年8月17日閲覧.
  3. 1 2 3 4 Terry Williams (2024年2月). “Life Underground: Encounters with People Below the Streets of New York” (英語). Columbia University Press. 2026年8月17日閲覧。
  4. 1 2 3 Mario Hernandez (2024年10月8日). “Life Underground by Terry Williams” (英語). The Sociological Review. doi:10.51428/tsr.hvqm4617. 2026年8月17日閲覧。
  5. 1 2 3 “New York Underground: A Centuries-Old Underworld of Caverns, Squatters, and Unmarked Doors” (英語). Vanity Fair (2013年10月25日). 2026年8月17日閲覧。
  6. ↑ “Manhole mystery grips New York – just what are city's 'mole people' up to?”. The Guardian (英語). 2026年6月7日. 2026年8月17日閲覧.
  7. ↑ “モグラびと : ニューヨーク地下生活者たち”. 国立国会図書館サーチ. 国立国会図書館. 2026年8月17日閲覧。
  8. ↑ 小野寺系 (2024年6月13日). “ベネディクト・カンバーバッチが狂気を体現 『エリック』の裏に隠されたメッセージを読む”. Real Sound. 2026年8月17日閲覧。
  9. ↑ “Margaret Morton and Bob Kalinski Discuss the Homeless Community that Lived in New York's Subway Tunnels” (英語). Fresh Air Archive. WHYY (1996年3月28日). 2026年8月17日閲覧。
  10. ↑ Teun Voeten (2010年9月). “Tunnel People” (英語). PM Press. 2026年8月17日閲覧。
  11. ↑ Peter Debruge (2000年11月10日). “Dark Days: How a Manhattan Homeless Community Helped Make the Year's Most Stirring Documentary”. The Austin Chronicle (英語). 2026年8月17日閲覧.
  12. 1 2 3 Brian Murphy (2025年4月18日). “Jennifer Toth, author who chronicled NYC's 'mole people,' dies at 57”. The Washington Post (英語). 2026年8月17日閲覧.
  13. 1 2 “2025–2029 Consolidated Plan” (PDF) (英語). Clark County, Nevada. pp. 128 (2025年). 2026年8月17日閲覧。