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マルク・ブロック

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
マルク・ブロック
Marc Bloch
人物情報
生誕 (1886-07-06) 1886年7月6日
フランスの旗 フランス リヨン
死没 (1944-06-16) 1944年6月16日(57歳没)
フランスの旗 フランス国(ヴィシー政権)
リヨン郊外
出身校 高等師範学校
学問
時代 中世史
学派 アナール学派
研究分野 歴史学
研究機関 ストラスブール大学
パリ大学
影響を与えた人物 リュシアン・フェーヴル
脚注
レジオンドヌール勲章シュヴァリエ
クロワ・ド・ゲール 1914-1918
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マルク・ブロック(Marc Léopold Benjamin Bloch、1886年7月6日 - 1944年6月16日)はフランスの歴史学者。専門の中世史分野における重要著作の刊行や、学際的・科学的手法で知られた「アナール学派」の創始といった業績から「20世紀のフランス歴史学を代表する歴史家」とも評される[1]。ストラスブール大学教授、パリ大学(ソルボンヌ)教授。

フランスではドイツ占領下で地下運動に身を投じて処刑されるという悲劇的な死が広く知られ、2026年にはフランスに大きく貢献した偉人を祀る墓廟であるパリのパンテオンに埋葬された[2][3]。

経歴

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マルク・ブロックの家はアルザス地方のユダヤ人家系で、父親ギュスターヴ [英語版] はリヨン大学で古代ローマ史を講じる歴史家だった[4]。

マルク・ブロックは1886年7月6日にリヨンで生まれた[4]。2歳になる前にパリへ移り、幼少期はユダヤ人家庭としての文化的・宗教的な教育や習慣は希薄だったという[4]。

パリの名門リセであるルイ・ル・グラン校を経て、さらに現在でもトップエリート校の一つと目されている高等師範学校へ入学した[4]。在学中には志願して歩兵連隊で1年を過ごしている[4]。

復学したのち彼は学究の道へ進み、フランス外務省の援助によるドイツ留学、各種財団の支援を得た研究員就任などを通じて、中世史とフランス地方史への研究を深めてゆく。1913年にはパリ北方アミアンのリセ教員として赴任[1]。

第一次大戦が勃発するとふたたび彼は志願して従軍し、軍曹としてベルギー戦線でドイツ軍と対峙する[1]。マルク・ブロックの兵役は4年間に及ぶが、献身的な勤務や連隊統率の力量がたびたび表彰を受けて少尉にまで昇進している[4]。

1919年、大戦後に開校されることになったストラスブール大学文学部に中世史講師として赴任する[1]。ここでシモーヌ・ヴィダルと結婚。彼女の父親はエコール・ポリテクニック(理工科学校)で学んだ建設省の土木監督官だった[4]。

1920年には主論文『国王と農奴』(Rois et serfs)によってソルボンヌで博士号を獲得、気鋭の中世史家として活動を開始した。この時期に執筆された『王の奇跡』は瘰癧患者に手を触れるだけで病を治癒すると信じられた「ロイヤル・タッチ」[英語版] の歴史を扱い、心性史と実証的手法を統合した重要著作として、現在でもこの分野で参照される作品となった[5]。

このころヨーロッパでは国際的な歴史学雑誌の登場が相次いでおり、また新しい科学的手法を取り入れた現代的歴史学の再構築が模索されていた[4]。この潮流を受けて、同僚のリュシアン・フェーヴルらとともに創刊した学術誌『社会経済史年報』Annales d'Histoire Economique et Société は、のちのフランス歴史学の拠点のひとつとなった[1]。(参照⇒:「アナール学派」)

1936年にはソルボンヌの文学部で経済史教授に就任[1]。この時期に刊行された『フランス農村史の基本性格』(1931)と『封建社会』 (1939, 40)は以後の世界の歴史学に大きな影響を及ぼしてゆく[5]。

晩年

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第二次大戦勃発の直前、1939年8月に招集され再び短期の軍隊生活を送るが、フランスが敗北すると親独政権となったヴィシー政府はユダヤ人法を成立させ、マルク・ブロックは公職を追放される[1]。この時期に彼はアメリカのロックフェラー財団などから打診を受けてニューヨークのニュー・スクールなどへの渡航を計画するが、これは事務手続きの不備がつづいて結局実現しなかった[4]。

公職追放の免除申請が受け入れられた1941年には、妻の健康問題などのため南仏モンペリエ大学へ移籍[1]。この間もフランスを支配下に置こうとするドイツ側の圧力は高まりつづけ、マルク・ブロックはパリのアパートがドイツ軍に接収され、蔵書を持ち去られている[1]。

1942年にはドイツ軍がフランス全土を支配下に置くことに成功し、これとともにマルク・ブロックはモンペリエ大学での籍も失うことになった[5]。彼は翌43年にはリヨンの地下抵抗組織と接触、レジスタンス運動へ身を投じる[5]。

1944年3月にゲシュタポに逮捕されて、リヨン近郊の施設に収監される[5]。ブロックは収監先の劣悪な環境下で、繰り返し拷問を受けながら、レジスタンス運動の若いメンバーらに秘かにフランス史を教えていたという[4]。のちに解放された1人の「彼は私たちを励ましてくれた。私たちを再び奮い立たせ、フランスについて、その過去について語り、決して絶望しなかった」という回想が残っている[6]。

しかしノルマンディ上陸作戦の成功によってドイツ軍側の敗色濃厚となった1944年6月、他の収監者らとともにドイツ軍によって銃殺された。翌月、妻シモーヌも夫の消息を知らないままリヨンの病院で息を引き取っている[1]。

そのほか

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  • 戦前期にアメリカのイェール大学で長く教壇に立ち、日本中世史研究で知られた朝河貫一とマルク・ブロックとの往復書簡が残されている[7]。朝河の側からの接触で始まった二人の書簡は現在25通が知られており、ブロックは朝河の著作『入来文書』(1929)を高く評価した上で、『アナール』誌上での日本関連論文への協力を求めている。朝河自身も『アナール』に書評や研究動向2篇を寄稿した[7]。
  • シモーヌとの間に6人の子供をもうけている。私生活では英語圏の推理小説を好み、アガサ・クリスティやドロシー・セイヤーズを愛読したという[4]。

出典

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  1. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 二宮宏之『マルク・ブロックを読む』 (岩波書店、2005/岩波現代文庫、2016)
  2. ↑ Landler, Mark; Paris, Ségolène Le StradicReporting from (2026年6月23日). “Soldier, Scholar and Symbol: Marc Bloch Is Elevated to France’s Panthéon”. The New York Times (アメリカ英語). ISSN 0362-4331. 2026年6月25日閲覧.
  3. ↑ “Cérémonie d'entrée au Panthéon de Marc Bloch.” (フランス語). elysee.fr (2026年6月23日). 2026年6月25日閲覧。
  4. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 キャロル・フィンク(河原温訳)『マルク・ブロック 歴史のなかの生涯』(平凡社、1994)
  5. 1 2 3 4 5 Friedman, Susan. Marc Bloch, Sociology and Geography: Encountering changing disciplines, Cambridge University Press, 2009.
  6. ↑ “Cérémonie d'entrée au Panthéon de Marc Bloch.” (フランス語). elysee.fr (2026年6月23日). 2026年6月26日閲覧。
  7. 1 2 “向井伸哉・斎藤史朗・佐藤雄基「朝河貫一とマルク・ブロックの往復書簡 : 戦間期における二人の比較史家」(『史苑』76 (2), 276-225, 2016-04)”. 2026年6月10日閲覧。

著書(邦訳)

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  • 『奇妙な敗北 フランス抵抗史家の日記』井上幸治訳(東京大学出版会, 1955年、新版1970年)
  • 『歴史のための弁明 歴史家の仕事』讃井鉄男訳(岩波書店, 1956年、新版1980年)
  • 『フランス農村史の基本性格』河野健二・飯沼二郎訳(創文社, 1959年)
  • 『領地制史論』渡辺国広訳(慶應通信, 1969年)
  • 『封建社会 1・2』新村猛・森岡敬一郎・大高順雄・神沢栄三 訳(みすず書房, 1973-77年、新版2006年)
  • 『比較史の方法』高橋清徳訳(創文社, 1978年、講談社学術文庫, 2017年)
  • 『西欧中世の自然経済と貨幣経済』森本芳樹訳(創文社, 1982年)
  • 『封建社会』堀米庸三監訳(岩波書店, 1995年、新版2008年)
  • 『王の奇跡 王権の超自然的性格に関する研究, 特にフランスとイギリスの場合』井上泰男・渡辺昌美訳(刀水書房, 1998年)
  • 『歴史のための弁明 歴史家の仕事』松村剛訳(岩波書店, 2004年)
  • 『奇妙な敗北 1940年の証言』平野千果子訳(岩波書店, 2007年)
  • 叢書『アナール 1929-2010 歴史の対象と方法』
     エマニュエル・ル・ロワ・ラデュリ & アンドレ・ビュルギエール(フランス語版)監修
     浜名優美監訳(藤原書店, 2010年11月-2011年6月)
    • 第I巻:1929-1945 「第1章:『アナール』創刊の辞 読者に (1929年)」(浜名優美訳)
      「第6章:中世における金の問題 (金貨鋳造 / 銀の自給自足と金の欠乏 / 西方世界の金貨不足 / ベザント、マンクス、マラボタン / アラブ通貨の流通 / 模倣貨 / 金貨鋳造の再開 / 国際的な交換手段としての金 / 経済史は同時に社会史でなければならない, 1933年)」(平澤勝行訳)
      「第7章:水車の出現と普及 (回転石臼から製粉水車へ / 中世 ― 製粉水車の普及 / 手回し石臼から修道院、領主の製粉水車へ, 1935年)」(平澤勝行訳)
    • 第II巻:1946-1957 「第2章:古代奴隷制の終焉 (奴隷の供給源としての戦争 / 自由を得た奴隷 ― 神の法に反する奴隷制 / 自由の概念と隷属の概念の変化 / 「奴隷」という言葉の来歴, 1947年)」(平澤勝行訳)

関連文献

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  • Friedman, Susan. Marc Bloch, Sociology and Geography: Encountering changing disciplines, Cambridge University Press, 2009.
  • キャロル・フィンク(河原温訳)『マルク・ブロック 歴史のなかの生涯』(平凡社、1994)
  • 二宮宏之『マルク・ブロックを読む』 (岩波書店、2005/岩波現代文庫、2016)

関連項目

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