ポツダム協定
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ポツダム協定(ポツダムきょうてい)は、1945年8月2日にアメリカ合衆国・英国・ソビエト連邦間で「ポツダム会談」に基づいて採択された協定。21条と二つの付属議定書から構成されている。第二次世界大戦後のヨーロッパの処理、主にドイツの戦後統治についての取り決めが行われた。
ポツダム協定の概要
[編集]連合国協議体制
[編集]ドイツの占領政策
[編集]→「連合軍軍政期 (ドイツ)」も参照
政治的原則
[編集]経済的原則
[編集]- 戦争に使用される兵器・弾薬・船舶等の製造禁止。
- 過度な資本集中の解体。産業は農業と平和的産業を優先させる。
- ドイツは単一の経済単位として扱われなければならず、各占領地域での政策はこれを前提としなければならない
- 連合国管理理事会はドイツの経済政策、対外資産などの監督を行う。
- 賠償の支払いは、国民生活を圧迫しないように行う
ドイツの賠償
[編集]→「第二次世界大戦後におけるドイツの戦後補償」も参照
ドイツ海軍船舶
[編集]ソ連のドイツ領要求
[編集]- ソ連はケーニヒスベルクとその付属地域を要求する。正式な譲渡は平和条約提携時に行われるが、米英はソ連の要求を支持する。
戦犯裁判の準備
[編集]- モスクワ宣言に基づいてロンドンで行われている、国際軍事裁判のための憲章制定を早急に行うよう要請する
- 最初の被告リストは1945年9月までに公表する。
オーストリア
[編集]- ソ連はオーストリアの統治はオーストリア臨時政府の権威の元、統一的に行われることを提案する。
- 米英は両軍のウィーン到着後にこの問題についての調査を行う。
- オーストリアに対して賠償は要求しない。
ポーランド
[編集]臨時政府の設立
[編集]ドイツ領のポーランドへの割譲
[編集]→「旧ドイツ東部領土」も参照
平和条約と国連機関
[編集]- 米・英・ソはハンガリー、ブルガリア、ルーマニア、イタリア、フィンランドの現在の状態は平和条約の締結によって終了されることが望ましいと考えている。
- 外相理事会が取り組む当面の平和条約対象国はイタリアである。
- フィンランド、ルーマニア、ブルガリア、ハンガリーとの国交は、平和条約締結交渉の中で、別個に検討される
- 国際連合への加盟には、国際連合憲章にある義務を尊重する必要がある。加盟申請に際しては国際連合安全保障理事会の勧告に基づき、国際連合総会において決定される。
- 米英ソ三国政府は、明確に枢軸国の支援を受けて設立され、枢軸国と深い関係を持っていた現在のスペイン政権が国連加盟を申請した場合、これを支持しないであろう。
信託統治
[編集]- 会議ではヤルタ会談で提案された、イタリア植民地の信託統治へのソ連の参加について検討した。
- この問題は9月の外相理事会で決定される。
東欧占領地問題
[編集]- 米英ソ三国政府はハンガリー、ルーマニア、ブルガリアにおける連合軍占領作業を改善するため、これらの国の占領当局が情報を米英に伝えていることを留意する。
- 米英ソ三国政府はハンガリー、ルーマニア、ブルガリアの占領は、停戦協定を受け入れた政府(ハンガリーの場合は、当事者であるハンガリー政府を併合したハンガリー臨時国民政府)との合意を根拠とすることを確認する。
ドイツ人追放
[編集]→「ドイツ人追放」も参照
ルーマニア油田
[編集]- ルーマニアの油田問題については、米ソ、英ソがそれぞれ代表を出す二つの委員会を設置して調査を行い、検討する。
イラン撤退
[編集]タンジェ
[編集]- ソ連政府の提案を検討した結果、タンジェは戦略的な重要性から、国際的な管理体制が行われるべきである。タンジェの問題はパリにおいて開催される、米・英・仏・ソ各政府の代表が行う会議によって討議される。
海峡問題
[編集]→「海峡問題」も参照
ヨーロッパ貿易会議
[編集]- 米英はヨーロッパにおける内陸輸送委員会を再開催し、ソ連がこれに参加することを歓迎する。
補遺
[編集]- 米英ソ三国政府はこの会議の決定に基づき、ドイツ占領に関する指令を当局に伝達する。
- 21条では会議の間、共通の軍事問題を検討するため、三国の参謀本部による会議が行われたことが明記されている。
- 付属議定書1ではハンガリー占領統治への米英代表の参加が定められた。
付属議定書2
[編集]付属議定書2では、アメリカ政府からの複数の提案が記載されている。これらの提案はおおむね了承されたが、正式な外交ルートを通じて解決されるべきであるとされた。
- 賠償の負担と、占領による利益が連合国国民に与えられるべきではない。
- 占領地の財産を急いで収奪することは、結果として連合国国民の損失につながる。効果的な連合国への補償を実現させる占領政策をとるべきである。
- 民間の補償要求は、賠償と同等に扱われるべきである。
- また付属議定書2のB項ではポツダム宣言がそのまま掲載されている。